俳優としての日々の鍛錬をどのようにしていくか。
ミュージシャンなら楽器に触れ演奏すること、あるいはボイストレーニング。バレエダンサーならバーレッスン。スポーツ選手なら素振りやパス、キックやキャッチング、あるいはタックル、1 on 1 のようなプレーにおける基本動作の練習。
ある俳優は発声やボイストレーニング、あるいは朗読だったり、ダンスだったり、次々に長いセリフを暗記することだったり。
俳優は自営業。劇団や事務所に所属していても、大手事務所に所属して売り出してもらうような立場でもないかぎり、自分をどう育てていくかはあくまで自分自身。
僕の場合、新国立劇場の演劇研修所は3年制で、1, 2年めは週5日フルタイムで授業があった。色んな意味で恵まれた環境。次々にやるべきことがあるのでそれで精一杯だった。
3年目は公演(スタジオでの発表も含めて、たしか5本あった)以外にレッスンはごくわずかだったから、振り返るとその1年間がいわば「準備期間」だったのかもしれない。あとはバイトだったと思う。修了後1年めは、舞台が2本決まっていてあとは事務所から振ってもらう仕事やオーディション。
2年めからが大変だった。蜷川さんに言われた「お前は泥に塗れろ」「お前みたいな中途半端な男前は上手くならなきゃダメなんだよ」「新国の奴らはスクエアだ」という言葉が、心の中に残っていた。だが決まっている舞台はなかった。(どれも蜷川さんらしい言葉だと思うけど、二つめのは笑ってしまう。たしかにそのとおりなのだ。そして今、若い俳優を見ていて、その言葉を思い出すことがある)
「自分だからできる演技」を再び模索しようと小劇場のオーディションを増やすとともに、ワークショップを受けたり、仲間を誘っての自主稽古を増やした。
マネージャーさんの理解があって、事務所のスタジオが空いてるときは使わせてもらったのはすごくありがたかった。あとはその頃住んでいたのがアパートの屋上のいわゆる(かっこよく言えば)ペントハウスだったので、たぶん雨戸を閉めてれば発声しても大丈夫だったし(たぶん)、屋上で殺陣の練習もしていた。お金がない俳優にとって自主稽古ができる仲間と場所はこの上なく貴重だ。
そしてそのころ、これまで自分がやってきたことを振り返って「自分に必要なのはこれかも」と掘り下げたのがマイズナーテクニックだった。
そのころ新国の研修所で教えていて僕も習った柚木佑美さんにお願いして、後輩の授業でアシスタントをさせてもらった。アシスタントはすでに僕以外に2人いたので、15人の生徒に3人のアシスタントだったので、よく受け入れてくれたなと思う。
そこから柚木さんの主催するアクターズワークスのワークショップに通い始めた。定期的に受けてアシスタントもさせてもらったりもしたので、それが僕の俳優としてのベースの鍛錬になっていった。おかげで、ある強みというか特性が身についたと思う。そしてその積み重ねがあったから、違う要素が欲しいと思い、今自分がやっているやり方に出会うことができた。
マイズナーテクニックの基本的なエクササイズであるリピテションは「バレエダンサーにとってのバーレッスン、ピアニストにとってのバイエルと同じ」だとテクニックの創始者、サンフォード・マイズナー自身が言っていた。僕もまさにそのとおりだと思う。俳優という仕事に必要で特殊な「筋肉」を強くしてくれる。
他にも定期的に池内美奈子さんのワークショップに参加していた。やはり研修所でお世話になった方で、折に触れて様々な視点を与えてもらった。
レッスンを継続的に受けていたけど色んな理由でやめたものもある。今振り返ると、他にも継続的に受けておけばよかったと思うものがあるけど、基本的に自分で稽古していた。それに関しては上手くなったと評価してもらったところもあるが、やはり自分の癖ができてしまったのは否めない。
事務所にお金をかけて育成してもらえる俳優はごく一握り。95%以上の人は自分で全てやらなくてはならない。
お金も時間も限りがあるなかでどれを優先させるか、何を選択するか。
技術はある時間の積み重ねがあってこそ身につく。
どうやって習慣づけるか。
どう環境を整えるか。
たとえば筋トレが三日坊主にならないために一番有効なのは「家からすぐ近くのジムの会員になること」だという。それも都度払いなどではなく月額・年額で会員費を払って。だからこそ余計に結果を出したくなる。面倒くささを排除するために、歩いて行けるようなところに通う。
気が乗らないときも人間だからある、それでもとりあえず行く。身体を動かしているうちに気持ちも変わっていく。触れる情報も、それ関係のものを増やす。自分のやりたいことのなかに身を置いていく。そうやって習慣化していく。鍛錬を時々のものから日々の習慣にする。
継続によって、筋肉が太くなり、神経がつながっていき、マインドができていく。
ボディビルダーもスポーツ選手も、ダンサーも音楽家も、俳優も同じだ。
「どう環境を整えるか」は生活の問題でもあるのだけど、それを狙って若い俳優に声をかけてくる人がいるので注意してほしい。