僕がロンドンのインパルスカンパニーのコースを終えたのが2018年。
スコットに日本に来てもらい俳優たちとマイズナーをやる。
5年越しの目標が叶ったということになる。
結局、法人は作ってないし助成も受けてない。コロナ禍が挟まっていたけれどまぁ「時間が経ちすぎる前にやれた」と言ってもいいのかもしれない。
とにかく俳優にとって役に立つテクニックを広げたかった。そして俳優が演じる喜びを感じられるような、もっと挑戦したくなるような、自分の演技に自信を持てるような、次に進めるような教え方でそれをやりたかった。
そういうポジティブなものを僕に渡してくれた素晴らしい先生の一人がスコット・ウィリアムズだった。
今回の一連のワークショップはおかげさまで、予想を上回る反響で、想定していたよりも参加者が多かった。正直、埋まらなかったらどうしようという不安も計画中に少しはあった。
しかし結果的に参加者だけでなく見学者の申し込みもキャンセル待ちが出るほどだった。
幅広い年代(20代から70代まで)の俳優が、なかには歴何十年のベテランや映像で活躍している人も「学びたい」と参加してくれた。関西から来てくださった方も何名かいた。
「RADAの日本人向けワークショップ以来の再会をした」という人たちもいた。2005年に新国立劇場演劇研修所ができる以前の話だ。それから僕が2期生として学び、ローナ・マーシャルやジェレミー・ストックウェルといったRADAでも教えていた特別な指導者や、英国で学んだ池内美奈子さんや木村早智さんといった素晴らしい日本人指導者と出会い、そのおかげで演劇への視野が広げられ、2017年に文化庁の研修でスコットと出会い、2023年の今回のワークショップで再会。
こういうとき、少し俯瞰で見ると、どんなにちっぽけに思える個人でもデヴィッド・ルヴォーの言っていた「世界の演劇人の鎖」の一人だと思える。普段意識することはあまりないかもしれないけれど、個人も歴史と無関係ではない。
そして、繋がっている、と思えば演劇に携わっているのも尚面白い。
こんな縁があるなら、やってよかった。そしてここからまたどう繋がっていくか未知数だ。
とにかく、このワークショップを周りにおすすめしてくださった皆さまには感謝の気持ちばかりだ。
僕にとっても、今回のワークショップは学び直す格好の機会となった。
自分がロンドンで学び、再構築しながら伝えていたもののオリジナルに触れる。あのときは俳優として学んでいたが今度は指導者として見る。
通訳の久保田恵さんが分かりやすく伝えてくれるおかげもあり、より明確になるものが多かった。このワークショップに欠かせない、素晴らしいお仕事だった。
自分が完全には理解できていなかったものが明らかになり、その先への道筋が見えてきた。
Teaching Impulse
今回、俳優向けのクラスだけでなく、俳優指導者(教える人・ディレクター、あるいはそれらを目指す人)向けのクラスも開催した。これもやれて良かった。
今回のワークショップ以前の、僕がスコットのクラスにいたときの話を少しする。
僕がスコットのクラスで学んでたときのことを振り返ると、とにかくよく褒められていたと感じる。
英語が母国語でない僕がいることがこのクラスにどれだけプラスになっているか、素晴らしいということを言ってもらったという経験が残ってる。褒められ慣れていない典型的な日本人からするとちょっと落ち着かないくらいだった。でも、だから「英語が他の人のように喋れない」ということもそこまで気にせずやることができた。アメリカ人らしく表現豊かに褒めてくれた。僕もあんな風に表現できたらと思う。しかし考えてみれば、全てのアメリカ人教師がそうではないだろう。サンフォード・マイズナー自身は恐ろしい教師だったという。
クラスメイトのワークを見ていて明らかに改善した方が良いことがあるのに「なぜスコットはそこには触れないんだろう?」と疑問に思うことが何度かあった。僕に対しても一見ふんわりしたノートをすることがあった。はっきり「このときのコレが良くなかったからこうしろ」ということは決して言わなかった。
クラスを重ねていって、スコットは生徒自身に気付かせるようにさせているということに気付いた。
生徒にはそれぞれのステージがある。スコットは教師なのでこのクラスでの彼らのこれから辿るであろうプロセスを知っている。そのとき渡せるものとそうでないものがある。いつどんな言葉を渡せばいいかを、生徒をよく見ながら考えている。その責任をちゃんと負えるのは教師だけだ。
実際、上に書いた僕の気になったクラスメイトもやがて自身の課題をクリアしていった。僕自身も教える立場になり、このことがより理解できるようになった。
実際、今回のIntroducing Impulseでは一番最初から台本までを5日間でやったが、初めてマイズナーをやった人も本当に素晴らしいワークをしていた。クラス全体で上がっていった。いつものスコットのクラスのように。生徒自身が学び吸収する力を発揮することができれば、他の人をリスペクトし、彼らのワークからも学ぶことができれば、こんなに劇的に伸びていくのかということを目の当たりにした。
今回のワークショップ、特に講師養成のクラス、Teaching Impulseに参加した人は、そのスコットの考え方・教え方や、テクニックを教えるための構造について学ぶことができたはずだ。
途中一時間くらいかけて、参加者だけでディスカッションをした。マイズナーと安全性について。
スコットは自らを「そのことについて語るのに、この場で一番ふさわしくない(白人で老年男性)」とし、聞き役に徹した。
何かを教えている人、マイズナーを今回のワークショップで初めてやった人、やったことはないがスコットのクラスを見学をしていた人、他の先生に習った人など、様々な立場の人がいて、それぞれが感じたことや考えていることをその場に共有した。
それから、参加者が教師役と生徒役をやり、実際に教えてみて、ディスカッションをし、スコットの教えるマイズナーテクニックの構造と、教え方を学んだ。
日本にはこういう、教え方や演出の仕方を学ぶ場はまだ少ないのではないか。教えるということに対するスコットの「哲学」と呼べるような考え方があり、演技法があり、どのようにレッスン内容を構成し、どのようにガイドしていくのか。ひとつひとつが非常に明確。もちろんこれをそっくりそのまま真似できるわけではない、僕はスコットではない。自分のやり方を見つけなければならない。だが、とても大きな学びになるものだった。
決して他者の意見やワークを否定するのではなく、ポジティブに意見を出して議論を進めていくことができたのは、参加者一人一人の姿勢によるもの。
それはこれまでワークショップでのワークや見学を通して、皆がスコットの教えから学んだことだ。(講師養成クラス参加者は皆ワークショップの参加または見学をしてきた)
自分も「俳優役」として実習に参加したが、批判されるかもしれないという不安を全く感じていなかったことに、後になって振り返ったとき気付いた。
スコット自身も日本の俳優とのワークを喜びをもって終えた。
来年以降も開催したい。
ここ数年、そして今、演劇や映画を作る環境は急激に変化している。
皆がお互いに敬意を払い合い、健全に自分の仕事に集中でき、力を発揮し共作できる環境。
俳優が自分の仕事やトレーニングに集中し、可能性を広げていける環境。
これからさらにそういう場が増えていく。
そしてこうも確信している。
当たり前が変わっていく。
選択肢が増えていく。
スタンダードがさらに上がっていく。
可能性を祝福できるような瞬間が増えていく。